「今日一日」から始める知的生産術
・今日「自分のために」どれだけの時間を使ったか?
・わたしたちは、二つの時間を生きている。一つは、人間としての自分の時間である。もう一つは、仕事というものが、否応無しに押し付けてくる時間である。
・「ゆとり」を持てない人にいい仕事はできない
・「循環する自然の単調さから逃れるために」、「時」を定めた人類はいま、自らが定めた「時」に追われている。そして、「時間の上手な使い方」が問われているのである。
・仕事で行き詰まったら、「目的」から一時的に離れることだ。代償を求めない無償の行為に転換しなければならない。
新聞から何をどう読み取っていくか
・朝、新聞を読むことは、「考える」ための基本となる資料入手の第一歩なのである。
・国際問題、政治、経済など、あらゆる問題に点いて、内外のマスコミの扱いの差を知っておくのはとても重要なことだ。
・「情報」や「資料」というゼッケンをつけていない情報や資料こそ重要であると知るべきである。お仕着せだけを受け取るのでなく、自らが自分の意識と感性で読み取り、聴き取る情報や資料こそ意味深いのだ。
・一つのマスコミに流されるのではなく、報じ方や論調に立ち向かうくらいの問題意識を持つ。
「量の読書法」と「質の読書法」
・失敗も読書のうち。読んで、つまらない、と感じるのは読んだからなのである。「つまらない」と思っても、それを「失敗」と考えてはいけない。「つまらない」と判断できたことをむしろ誇るべきである。
・いい文章を書くためには、人の文章をたっぷり読まなければならないのと同じに、いい本に巡り会うには、失敗を恐れずに本をたっぷり読まなければならない。
・メモはあとでとればいい。そのほうがリズムは持続できるし、ここぞという部分を記憶するためにも効果的なのである。
「いい問いかけ」の条件
・自分自身に対する問いかけがなければ、考えたり、書いたり、しゃべったりするための資料はどこからも出てきはしない。「問い」があってこそ、あらゆるものの意味が現れてくる。「問い」がなければ、「意味」もまたない。
・「問い」に応じて「答え」を考える資料は出てくるものなのである。いうまでもなく、いうまでもなく、資料を探し出す苦労は常につきまとう問題であるし、ついには発見できないままになってしまうことも多い。しかし、いずれにせよ、はじめに「問い」がなければ、わたしたちは考えることに向かって出発することができない。
・人間は、教えたい動物なのである。そのためには、質問を具体的に設定することだ。そう務めることによって、質問者であるわたしたちは。思考をを広げ、具体化してくれる資料のほうへ向かっておのずと出発していることになる。
まとめ
日々考えていますか?
私は自己診断で非常に考えが浅い人間だと思っています(苦笑)
だからこの本を思わず手にとったのかもしれません。
なぜ、考える力がないのか?
やはり忙しすぎたのかも。
仕事や自分のまわりのことに、時間を支配されていたということが言えると思います。
否応無しに自分に押し付けられる時間に支配されると、考える隙もなく時間の渦に飲み込まれてしまう。
主体的に自分の時間を作り出すということが考える力の源泉にあると感じます。
そして、もう一つはすぐにあきらめていたこと。
自分にはできないという自分の限界値を勝手に決めていた。
そして、苦手なことや関係のないと判断したものには触れずに追いやっていたというように感じます。
無難だけれど考えずにすむ生き方。
楽だけど、これでは考える力はつくはずもない。
「問い」がなければ「答え」はない。
わからないことを恐れず、自分の中で「問い」を持つことがすごく大切だと感じます。
ヒントになったのは人に教えるためということをモチベーションに変えること。
これは使えるかもしれません。
何かを始めるのに遅すぎることはない。
「考える力」をつける第一歩を踏み出したいものです。